日本で2番目に面積の大きい島

日本で2番目に面積の大きい島

「日本で2番目に面積の大きい島は日本最北端の島・択捉島なんだって。じゃあ、日本で2番目に面積の大きい島ってどこなの?」

 

そんな疑問を解決します!

 

●この記事で学べること

✔︎ 日本で2番目に面積の大きい島

✔︎ 日本の面積の多い島トップ5

 

あなたは、日本で2番目に面積の大きい島を知っていますか?

 

面積の大きい島2位は国後島

日本で2番目に面積の大きい島は北海道の国後島です。

面積はおよそ1,500㎢。

日本で最も面積の小さい都道府県である香川県とあまり変わりません。

今回は国後島について深掘りします!

国後島の由来

国後島は千鳥列島の最南端に位置する島で、ロシアでは「クナシル島」と呼ばれます。

国後島の由来には2つの説があります。

①黒い島

「クンネ」(黒い)+「シリ」(島)で「クナシリ」

②草の島

「キナ」(草の)+「シリ」(島)で「クナシリ」

どちらの説が正しいにしろアイヌ語に由来していることがわかります。

国後島の歴史

西暦 出来事
1643 オランダ人のフリースが国後島に上陸。
1644 江戸幕府が作成した『正保国絵図』にエトロホと記された国の記述。
1750 ロシア人が訪れるようになり、国後島までがロシア領と主張。
1789 クナシリメナシの戦い。アイヌ人が蜂起するも鎮圧される。日本人による占有が確立。
1811 千鳥列島測量に来たロシア人ゴローニンを捕縛2年後に解放される。
1855 日露和親条約締結。日本による占有が国際的に確認される。
1945 ポツダム宣言受諾。ソ連が日ソ中立条約を破棄。ソ連軍が国後島に上陸して占領開始。
1946 GHQによって千島列島の施政権が停止。領有権の移転を命じたものではなかったが、ロシアが行政編入。
1956 日ソ共同宣言により国交が回復したが、日本政府の返還要求を拒否。
1991 ソ連崩壊後もロシアにより実効支配が続く。
2010 メドベージェフ大統領が、ロシアの国家元首として初めて島に上陸。

はじめに実効支配したのは日本

文書による記録では、ロシア人が択捉島に上陸したのは日本人が発見した100年後。

1789年にクナシリメナシの戦いでアイヌ人を制圧、1811年にはロシア人のゴローニンを捕縛するなど日本による支配が確立されていきました。

日露和親条約で国際的に占有が認可

日本の占有を確実なものとしたのが1855年の日露和親条約。

第二次世界大戦がなければ、国後島は完全に日本の領土だったのでしょうか。

ポツダム宣言受諾、ロシアの占有開始

1945年、日本はポツダム宣言を受諾。

GHQの占領下、国後島での施政権を失ってしまいます。

ここで大切なのは領有権まで失ったわけではないということ

それにもかかわらず、ソ連は日ソ中立条約を破棄して、無理やりに国後島を占有したのです。

ロシアが実効支配を強める

通貨は日本円からソビエト連邦ルーブルに変更されました。

日本人は函館に強制送還され、国後島はロシアの占領下となってしまいました。

現在では、ロシアによって交通インフラが整備され、地熱発電所なども建設、占有を進めています。

日本で面積の大きい島トップ5

島名 都道府県 面積
1 択捉島 北海道 3,200㎢
2 国後島 北海道 1,500㎢
3 沖縄島 沖縄 1,200㎢
4 佐渡島 新潟 850㎢
5 奄美王島 鹿児島 700㎢

国土地理院「平成29年全国都道府県市町村別面積調 島面積20傑」を元に作成。

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