「大学は無意味」「大学はオワコン」果たしてそうでしょうか?

「大学は無意味」「大学はオワコン」果たしてそうでしょうか?

[speech_bubble type=”std” subtype=”L1″ icon=”menino.jpg” name=“グラポン”] 大学に通う意味がわからない人「大学に通う意味って何だろう。いい大学を出ればいい企業に就職できて人生安泰なんて時代は終わりじゃん。大学なんて無意味でしょ」[/speech_bubble]

 

こんな主張に意義を唱えようと思います!

 

●本記事の要約

✔︎ 「大学は無意味」と主張する大学生

 大学に通う意味なんて自分で見つけろ

✔︎ 「大学は無意味」と主張する大卒

 自分はバカと主張しているのと同じ

✔︎ 「大学は無意味」と主張する中卒高卒

 そう思うのは自由だけど、

 断定する資格はない

 

この記事を書いている僕は、現在、上智大学に通う大学3年生です。

はじめに言っておきたいのは、僕は「みんな大学に通うべき」とか「大学は最高」なんてことを主張したいわけではありません。

ただ、むやみやたらに「大学は無意味」とか「大学はオワコン」とか主張している人に対して少しばかり疑問を抱いているんですね。

大学って本当に無意味なんでしょうか?

 

「大学は無意味」と主張する現役大学生へ:大学に通う意味は自分で見つけろ

もし「大学なんて無意味だ」と嘆いている大学生がいるとしたら、それは大学のせいではないと思います。何も吸収することができなかった自分のせい。

小学校から高校まで大人が敷いたレールの上をひたすらに歩いてきた学生。大学生になっても、大切なことはすべて学校が教えてくれると勘違いしていませんか?

教授の質が低い。学びたいことが学べない。自分の成長を感じることができないとなんでも大学のせいにする。

「学生は勉強するのが仕事」なんてよく言われますが、ここでいう勉強って大学のテストで満点を取ることじゃないと僕は思っています。

アルバイトを通して社会経験が豊富な先輩とたくさんの話をしたり、興味の湧いた本を読み漁ったり、素敵な恋愛をしたり、お酒の味を覚えたり、つまり社会勉強ってやつ。

大学生は高額な学費を収めているから大学からすべてを学ばなきゃと思いがちだけれど、僕はお金を払って得ているのは「4年間という貴重な時間」と「学歴」だと思います。それくらい割り切った方がいい。

それならば、わざわざ大学なんて通わずにさっさと就職すればいいじゃん。社会人として働く中で勉強していくほうが有意義でしょ。そんな風に考える人もいると思います。僕はそんな意見に対して反論する気はありません。それも1つの選択肢だと思う。

ただ、何もやりたいことが決まっていないのにいきなり就職する、または起業する、ネットビジネスを始めるというのはかなり難しいこと。世間ではうまくいった人の話ばかり取りざたされるけど、失敗して過酷な生活を強いられている人もたくさんいるという事実にも冷静に目を向けましょう。

とりあえず大学に進学して「学歴」というセーフティネットを確保した上で、起業でもネットビジネスでも挑戦すればいいと思います。大学在学中にブログを始めて月に100万稼いでいる大学生だって世の中にはいるんだから。

現在、大学に通っている大学生は「大学は無意味」なんて言っている暇があったら、大学が大切なものを教えてくれるなんて受身な姿勢はやめて、自分がやりたいと思うこと、興味のあることにどんどん取り組んでみよう。

若いうちは失敗しても許される。どんどん失敗したらいい。これは真実だと思いますよ。

「大学は無意味」と主張する大卒へ:大学は無意味だったと言うのは、自分はバカだと露呈しているのと同じ

もし「大学なんて無意味だ」と堂々と主張している大卒の人がいるのなら、それは「私は自分のいる環境からは何も学びを得ることができなかったバカです」と言っているのと同じだと思います。

ごめんなさい。少々、言葉が過激すぎたかもしれません。ただ、僕の本音です。

「大学に通ったことで学べたことはあったけれど、今になって思い返してみると大学に通う以外の選択肢を選択した方がよかったのかなとも思います」ってこんな風に言うなら理解できるんですけどね。

もちろん「大学は無意味」発言をする人の気持ちもわかりますよ。僕がさっき言ったようなことをツイートしたとしてもフォロワーからの反応は少ないだろうし、極端な主張をした方が良くも悪くも賑わいますからね。

これからの時代では「大学はオワコン」。もしかしたらそうかもしれないですよね。高学歴だから人生安泰という時代は終焉を迎えつつあるのかもしれない。大学に通うよりも有意義な生き方があると謳っている人は先見の明を持った賢い人なんだと思います。

だから、これからの若者へのアドバイスとして「大学に通うだけが選択肢じゃないよ」とアドバイスすることはとてもいいことだと思うんですよね。

でも、そのための手段として「大学は無意味」と大学の存在価値を相対的に下げることで自らがいいと思う生き方のよさをアピールするのってどうなんでしょう?

「大学は無意味」と主張する中卒・高卒へ:大学が無意味だと断定する資格はない

もし「大学なんて無意味だ」と大学に通ったこともない人が言っているのなら、それはかなりの筋違いだと思います。

大卒の友人やネットの情報から「大学に行くのはやっぱり無意味だったんだ」と解釈するのはその人の勝手ですよね。ただ、それを大学に通ったことのない人が堂々と主張するのはかなり説得力に欠けるし、実際に大学に通っている人を蔑む資格もない。

例えば、「出産の時の痛みって本当に本当に痛いんだよ!」って僕が声を大にして言ったところでどうですか?

出産を経験した女性から「あの痛みは鼻からスイカが出るほど痛い」と聞いたり、ネットから「キンタマを蹴られた時の痛みをはるかに超える痛み」という情報を得たことを根拠に主張したところで、実際に経験したことはないんだもん。お前にはわかんねえだろって言われて当然ですよね。

「僕は大学に通ったことがないけれど、高卒でも月収100万円稼ぐことができてる」って自身の経験を元に語ることは大いに結構だと思いますよ。だけど、それがイコール大学は無意味ってことになるかというとそれは違うと思うんですよね。

情報に惑わされずに自分自身の頭で考えよう

「大学に通う意味があるのか」。

この問題に唯一無二の答えなんてありません。これは今回の問題に限ったことではないですよね。

「大企業とベンチャーどっちがいいのか」

「フリーランスは幸せな働き方なのか」

「中学受験はさせるべきなのか」

あらゆる問題に答えはない。だから自分で考えなければならない。人の意見に同調したり反論したりするのは簡単だけど、大切なのは他人がどう考えるかではなくて、自分がどう考えるのかということ。

ただひとつ、僕から皆さんにアドバイスできることがあるとすればこちらです。

この世に正解の道はない。

自分の選んだ道を正解にすること。

自分の過去に関してこうするべきだったと反省することはとてもいいと思います。ただ、後悔する必要はない。

過去は変えられないとよく言いますが、果たして本当にそうでしょうか?

過去に起きた事実は変えることができない。けれど、捉え方を変えることで、その出来事に意味があったか無意味だったかなんて簡単に変えることができます。

どうせなら自分が経験したことは意味があるものだったって思いたくないですか?

僕も現在の大学のシステムには疑問を抱いていますよ。不満だってたくさんある。

だけど、すでに大学に通っている以上、大学に通ってよかったと思えるような生き方をしたい。

それに大学に進学することを決めたのは紛れもなく僕自身。過去の自分の決断は間違いだったと否定したくないんですよね。

自分のやったことは無意味だったって否定して終わるより、すべて未来に繋げたい。

ただ、これから大学に進学するかどうか迷っている学生の方にはぜひ周りに流されて大学に進学することが自分にとっていいのかどうかは考える必要があると思います。

そういう意味では「大学は無意味」「大学はオワコン」と言っている人の主張にもよく耳を傾けることは大切かもしれませんね。

以上、ただ僕の主張を繰り広げるだけのみっともない記事ですが、最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

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